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腹痛編で転がりだした、俺の人生・・・・。ついに加速がつき始めた。こうなったら、誰も阻止することは出来ないだろう。今回の悲劇は交通事故編である。それではじっくりと堪能してくれたまえ。
それは5月3日の事であった。4日までGWの休みがあったが、賢い私は余裕をみて1日早く帰ることにした。KAWASAKIのZZR250を操り、一路アパートを目指していた。バイクは当初和歌山に置いておく予定であった。では、何故わざわざバイクを運ぶことになったのかというと、今住んでいるところがあまりにも突っ込みどころがありすぎて、どこから突っ込んでいいのかわからないくらいに不便なためだ。はっきり言わなくても自転車での活動に限界を感じていた私は、更なる開拓の為、機動力のあるバイクに白羽の矢を立てたのだ。
バイクを持って行ったら、あっちにもこっちにも行こう。(決していかがわしいところではない)という夢は、無惨に橋本と言う地で果てることとなったのだ。
GWも終わりに近づいているせいか、それとも市街地のせいなのかは分からないが、道は少し渋滞していた。私は迷うことなく混雑している車の左側を走っていた。「ははは。さらば、渋滞に巻き込まれている諸君!」とデスラー総統の如く笑ったかどうかは記憶に無いが 、こういった時にはバイクは便利である。バイク様々だ。 しかし、そんな微かな幸せは長くは続かなかった。(多分2分くらい) その2に続く。

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今までかろうじて均衡を保っていた我が人生がついに音を立てて崩れ始めた。その第一弾として腹痛編をお送りしよう。それはある静かな金曜日だった。その日はオリエンテーションの最終日である。男性看護師6人が集まり、知らないうちにどこかに飲みに行こうという暗黙の了解ができあがっていた。そういう了解は女性看護師側にもあったらしく、みんなで飲みに行くことになった。勤務してから同じ病棟の同期以外殆ど話もしていなかったので、良い機会だと思った。ここまでは何事もなく順調だったのだが、午後から待ち受ける悲惨な運命は着実に訪れようとしていた。
話は変わるが私は弁当を作っている。家に居たときは作っていなかったのだが、今は作っている。別にまめな性格だとか、料理に凝っているわけでもない。病院の飯がまずくて高いのだ。まずいだけなら許そう。高いだけでも許そう。しかし、まずくて高いのは許せない。大学の学食もたいがいだったが、それを上回るという事態に弁当を作る必要に迫られたのだ。が、今回の原因は正にこの弁当にあったのだ。弁当のメニューは豚トロとプチトマトだった。どうやらこの豚トロがいけなかったのだろう。美味しく食した私は13時前に体の異変に気付いた。「なんだか気分がすぐれないな。それにこのげっぷはなんだ?」と思いながらも午後からのオリエンテーションに参加した。15時過ぎ、それは確実な吐き気に変わっていた。「最後まで持つのか? やれるのか?」と富野監督
のキャラの台詞っぽい事を考えていた。その間も質問に答えたりと平静を装うっていた自分が意地らしかった。が、かなりやばい状態であった。16時45分、終了まで残るところ15分と言うところで力尽きた私はトイレに行くことを告げ部屋を後にした。「うっ」こみ上げてくるすっぱい物。やばいもうちょっとやん。腹部もグル音が更新していて、上下からの総攻撃を受けていた。努力のかい空しく、口をふさぎながらトイレに駆け込んだものの結局間に合わず、げろの花を咲かせてしまった。(食事前の諸君、すまん)白衣も汚れ、床も汚れ、私の心も汚れちまったよ。黙々と床を掃除していたら、師長さんが・・・。迷惑掛けてすみません。その後1週間下痢と腹痛に悩まされることとなる。
実は嘔吐するときに細木数子の顔が浮かんだ。何故細木数子かというと今年の初めに読んだ細木の本によると今年は「健弱」らしい。健弱とは読んで字のごとく健康が弱るということらしい。特に3・4・5月は月も殺界に入るために、普通の方法では健康が回復しないらしい。しかも、この時に無理をすると後の健康にも影響するそうだ。なんてイヤな年なんだろう。しかも、アドバイスには転職するな、新しい環境にするな、転職するなら不規則な仕事をするなと言っている。全部アドバイス無視してるやん!いや、しかしこれくらいのことは良くある話。きっと大丈夫だろう。そう自分に言い聞かせていた。しかし、本当の恐怖はこれからなのであった。

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