2018年 03月 09日 ( 1 )

この前から和歌山に帰省していたWINDである。

父の墓参りもしてきた。

少しでも良いから、父親の根性と頭脳が欲しい。

本当に息子か? と思うぐらいに出来が悪い・・・。


話はコロッと変わるが、

何年か前にテレビでも放送され、昨年だったかな?

劇場版にもなった

艦隊これくしょん 艦これ

昔の日本海軍(だけじゃないけど)の軍艦を擬人化した娘である

艦娘を育成させて、色々なミッションをクリアしていく

ブラウザーゲームが原点のアニメである。

艦娘の台詞には、史実に基づいたものもあり、

当時の海戦などにも興味がわくそうだ。


この前、勉強もせずにネットをうろついていると

2枚のイラストを見つけた。
d0005908_17245082.jpg


左上から「戦艦 扶桑」「戦艦 山城」

左下に下がって「重巡洋艦 最上」「駆逐艦 時雨」「駆逐艦 滿潮」

の計5隻が嬉しそうに描かれている。

一番うれしそうなのが、真ん中の「時雨」

そして次のイラストが

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ボロボロになった時雨が泣いている。

これも、史実と関係があるのかなと調べてみたら、

あった・・・。

って、ゆーか試験の勉強しろ!!


時雨は、珊瑚海海戦から始まり、ミッドウェー海戦、

ガダルカナル島の戦い、トラック島空襲など、自分でも知っている

数々の戦いに参加して残っていた「幸運艦」だったらしい。

「呉の雪風、佐世保の時雨」

と呼ばれたらしい。

ちなみに雪風は戦後も沈まずに活躍した数少ない艦艇である。

ここからの記述は、間違いがあるかも・・・。

時雨は沢山の艦娘?達と第27駆逐隊の中にいた。

しかし、度重なる戦いの中で被弾したり、寮監が沈んでいく様子を

見ていたようだ。 あまりに多すぎて書ききれない・・・。

そして、イラストと合致するのが、

レイテ沖海戦である。

五月雨が除籍になり、第27駆逐隊は解隊された。

その後西村艦隊と呼ばれる

戦艦山城、扶桑、重巡洋艦最上、第四駆逐隊の駆逐艦満潮、山雲、朝雲

に編成された時雨は、レイテ沖海戦、スリガオ海峡海戦に参加した7隻

の中で唯一生還することになった。

その詳細は、書くのも辛くなるくらいの一方的な敗北であった。

最初のイラストは、

駆逐隊で沢山の仲間を失って、解隊されてしまった後に出来た仲間なので

こんなに喜んでいるのかな?

そして、レイテ沖海戦で、自分以外の仲間が死んでしまう。

だから、ボロボロになって状態で泣いているのだろう。


女の子に置き換えなくても、戦争の酷さが分かるというもの。

その後、時雨がどうなったのかと言うと、

丁度いい動画があった。





最後は、さわらく丸の護衛任務中にアメリカ海軍の潜水艦ブラックフィン

の雷撃により、マレー半島コタパルの東方150キロ

地点付近、水深55mの地点で沈んでいるのが確認されているそうだ。

今は、ダイビングスポットになっているとの事。

1945年(昭和20年)1月24日 7時5分雷撃を受け

僅か10分後の7時15分に沈没した。


今から、保育士の勉強するよ~(笑)

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